はじめに
仮想通貨の普及とともに、相続や贈与の場面で仮想通貨が関わるケースが急速に増加しています。特に早期から仮想通貨投資を始めた方の中には、資産価値が大幅に上昇し、相続税や贈与税の対象となる規模に達している方も少なくありません。
しかし、仮想通貨の相続・贈与については、従来の財産とは異なる特殊性があり、適切な対策を講じないと予想以上の税負担が発生する可能性があります。特に問題となるのは、相続時の財産評価と、秘密鍵の管理・承継という技術的な側面です。
本記事では、仮想通貨の相続・贈与税対策について、財産評価の方法から具体的な節税スキーム、実務上の注意点まで詳しく解説します。
仮想通貨の相続財産評価基準
基本的な評価原則
仮想通貨の相続税評価額は、相続開始時点(被相続人の死亡時点)における時価により算定されます。この原則は従来の上場株式等と同様ですが、仮想通貨特有の価格変動性と取引所による価格差により、評価額の算定には慎重な検討が必要となります。
国税庁は2017年12月に、仮想通貨の相続税評価について基本的な考え方を示しており、活発な市場が存在する仮想通貨については、取引所等での取引価格を基準とすることを明確にしています。ただし、複数の取引所で異なる価格が形成されている場合の具体的な選択基準については、まだ詳細な指針が示されていないのが現状です。
取引所価格の選択基準
仮想通貨の評価で最も重要なのは、どの取引所の価格を採用するかという点です。主要な仮想通貨は複数の取引所で取引されており、時には10%以上の価格差が生じることもあります。このような場合、納税者にとって最も有利な価格を選択したいところですが、税務上の観点からは客観性と合理性が求められます。
国内取引所を優先する考え方
相続人が日本居住者である場合、国内取引所での価格を優先的に採用することが推奨されます。これは、国内取引所の方が税務当局にとって価格の確認が容易であり、また円建てでの取引価格であることから、評価額の算定も明確になるためです。
bitFlyer、Coincheck、GMOコインなど、主要な国内取引所での価格に大きな差がない場合は、最も取引量の多い取引所の価格を採用するのが一般的です。一方で、特定の取引所でのみ大幅に価格が異なる場合は、その理由を明確にしたうえで、より適正と考えられる価格を選択する必要があります。
海外取引所価格の考慮
国内で取扱いのない仮想通貨については、海外の主要取引所価格を参考にせざるを得ません。この場合、Binance、Coinbase、Krakenなど、信頼性の高い取引所での価格を採用し、円換算レートについても相続開始時点の適正なレートを使用する必要があります。
流動性の低い仮想通貨の評価
近年増加しているアルトコインやDeFiトークンの中には、取引量が少なく、価格の信頼性に疑問があるものも存在します。このような仮想通貨の評価については、より慎重なアプローチが必要となります。
類似通貨比較法の適用
取引実績が乏しい仮想通貨については、技術的特徴や用途が類似する他の仮想通貨との比較により評価額を算定する方法があります。ただし、この方法は高度な専門知識を要するため、専門家の意見書を取得することが推奨されます。
実質価値による評価
ICOやプライベートセールで取得した仮想通貨で、まだ市場での取引が始まっていない場合は、プロジェクトの実質価値を基に評価する必要があります。この場合、プロジェクトの進捗状況、チームの実績、技術的優位性などを総合的に勘案した評価が必要となります。
生前贈与による節税スキーム
基礎控除を活用した段階的贈与
仮想通貨の生前贈与による節税の基本は、贈与税の基礎控除額(年間110万円)を最大限活用することです。仮想通貨は分割しやすいという特徴があるため、計画的な贈与により大幅な節税効果を期待できます。
年間110万円の基礎控除活用
例えば、1,000万円相当のビットコインを保有している場合、毎年100万円相当ずつ配偶者と子供2人に贈与すれば、10年間で相続財産を大幅に圧縮できます。贈与税は基礎控除額以下であれば課税されないため、年間300万円(100万円×3人)の財産移転が可能となります。
重要なのは、贈与の事実を明確に記録し、受贈者が実際に仮想通貨を管理・運用することです。形式的な贈与と判定されると、相続時に贈与財産も含めて課税される可能性があります。
価格変動を利用した贈与タイミング
仮想通貨の価格変動性を逆手に取り、相対的に価格が下落している時期に贈与を実行することで、より多くの数量を移転できます。将来的に価格が回復すれば、贈与時の低い評価額で大きな財産移転効果を得ることができます。
相続時精算課税制度の活用
2024年の税制改正により、相続時精算課税制度がより使いやすくなりました。この制度を仮想通貨の贈与に適用することで、大きな節税効果を期待できる場合があります。
制度改正のポイント
改正後の相続時精算課税制度では、年間110万円までの基礎控除が新設されました。これにより、従来の「一度選択すると年間110万円の基礎控除が使えなくなる」という制約が緩和され、より柔軟な活用が可能となっています。
仮想通貨への適用メリット
仮想通貨のように将来的な価格上昇が期待される資産については、相続時精算課税制度の活用により大きな節税効果を得られる可能性があります。贈与時の価額で相続税が計算されるため、その後の価格上昇分については相続税の対象外となります。
具体例として、現在500万円のビットコインが将来的に2,000万円になると予想される場合、相続時精算課税で贈与すれば1,500万円分の値上がり益を相続税の課税対象から除外できます。
法人を活用したスキーム
資産規模が大きい場合は、法人を設立して仮想通貨を法人で保有・運用することで、相続税対策と事業承継対策を同時に進めることができます。
資産管理会社の設立
仮想通貨の運用・管理を目的とした資産管理会社を設立し、個人保有の仮想通貨を法人に移転します。その後、法人株式を段階的に子供等に贈与することで、間接的に仮想通貨を承継させることができます。
この方法の利点は、法人株式の評価額が仮想通貨の時価よりも低く算定される場合があることです。特に設立間もない法人や、一時的に含み損を抱えている法人の株式は、実質的な資産価値よりも大幅に低い評価額となる可能性があります。
相続時精算課税制度と仮想通貨
制度の基本的な仕組み
相続時精算課税制度は、贈与時に課税を繰り延べ、相続時にまとめて精算する制度です。仮想通貨のように将来的な価格上昇が期待される資産には、特に有効な制度といえます。
2024年改正による変更点
従来の制度では、一度相続時精算課税を選択すると年間110万円の基礎控除が使用できませんでしたが、改正により基礎控除が復活しました。これにより、年間110万円までは贈与税が課税されず、超過分についても相続時精算課税が適用されます。
仮想通貨適用時の具体的効果
例えば、現在1,000万円相当のイーサリアムを子供に贈与する場合を考えてみましょう。改正後の制度では、110万円は基礎控除により非課税、残り890万円については相続時精算課税が適用されます。
仮にイーサリアムが将来3,000万円に値上がりした場合、相続時の課税対象額は贈与時の1,000万円のままです。つまり、2,000万円の値上がり益については相続税の対象外となり、大幅な節税効果を得ることができます。
適用時の注意点
相続時精算課税制度を仮想通貨に適用する場合、いくつかの重要な注意点があります。制度の特性を十分理解したうえで活用することが重要です。
取り消しができない選択
一度相続時精算課税を選択すると、その後は暦年課税(年間110万円の基礎控除)には戻れません。そのため、将来的な贈与計画全体を考慮して慎重に判断する必要があります。
相続時の株式等財産との通算
相続時精算課税により贈与した財産は、相続時に相続財産に加算されます。この際、他の相続財産と合算して相続税が計算されるため、全体の相続税額への影響を事前に試算しておくことが重要です。
ウォレット・秘密鍵の承継問題
技術的な承継課題
仮想通貨の相続で最も困難な問題の一つが、ウォレットと秘密鍵の管理・承継です。従来の財産と異なり、仮想通貨は秘密鍵を知らない限りアクセスできないため、適切な承継計画がなければ財産が完全に失われる可能性があります。
秘密鍵の管理方法
現在、多くの投資家がハードウェアウォレットやペーパーウォレットで仮想通貨を管理していますが、これらの管理方法は相続時に問題となる場合があります。PINコードやパスフレーズが複雑に設定されている場合、相続人がアクセスできない事態が発生する可能性があります。
実際に、創設者の死亡により数百億円相当の仮想通貨にアクセスできなくなった取引所の事例や、秘密鍵を紛失して巨額の資産が取り出せなくなった個人投資家の事例が報告されています。
マルチシグネチャーウォレットの活用
相続対策として有効なのは、マルチシグネチャーウォレットの活用です。複数の秘密鍵のうち一定数以上の鍵があれば資産にアクセスできる仕組みで、家族間で秘密鍵を分散保管することで、単一障害点を回避できます。
例えば、3つの秘密鍵のうち2つあればアクセス可能な設定にし、本人、配偶者、子供がそれぞれ1つずつ管理することで、本人に何らかの事態が発生しても資産へのアクセスが確保されます。
法的手続きと実務対応
仮想通貨の相続手続きは、従来の銀行口座や証券口座とは大きく異なります。取引所に預けている仮想通貨と、個人ウォレットで管理している仮想通貨では、必要な手続きも異なります。
取引所預け入れ資産の相続
主要な取引所では相続手続きのガイドラインが整備されつつありますが、必要書類や手続き期間は取引所により異なります。一般的には、相続人全員の同意書、戸籍謄本、印鑑証明書等が必要となり、手続き完了まで数週間から数か月を要する場合があります。
個人ウォレット資産の相続
個人ウォレットで管理している仮想通貨については、秘密鍵さえあれば相続人が直接管理できます。ただし、相続税の申告では適切な評価額の算定が必要であり、相続開始時点での保有量と価格を正確に把握する必要があります。
事前準備の重要性
仮想通貨の円滑な相続のためには、生前からの準備が不可欠です。技術的な準備と法的な準備の両面から、包括的な対策を講じる必要があります。
遺言書への記載
仮想通貨に関する情報を遺言書に記載する場合は、セキュリティとアクセス性のバランスを考慮する必要があります。秘密鍵そのものを遺言書に記載するのはセキュリティ上問題があるため、保管場所の案内や、アクセス方法の手順を記載するのが適切です。
信頼できる第三者の活用
技術的な知識を持つ信頼できる第三者(専門家や親族)に、秘密鍵の管理やアクセス方法を事前に説明しておくことも重要な対策の一つです。ただし、この場合も適切な守秘義務契約の締結や、複数人での管理体制の構築が必要となります。
まとめ
仮想通貨の相続・贈与税対策は、従来の財産とは異なる特殊性があるため、技術的な理解と税務知識の両方が必要な複雑な分野です。特に財産評価の方法と秘密鍵の承継問題は、適切な対策を講じないと大きな損失を招く可能性があります。
生前贈与による節税策や相続時精算課税制度の活用により、大幅な税負担軽減も可能ですが、仮想通貨特有のリスクと制約を十分に理解したうえで実行することが重要です。また、技術的な承継対策についても、早期からの準備により円滑な財産承継を実現できます。
仮想通貨の相続・贈与対策は、個別の状況により最適解が大きく異なる分野です。久保国際会計事務所では、技術的な理解と税務の専門知識を組み合わせた包括的なアドバイスを提供しています。仮想通貨の相続・贈与対策をご検討の方は、ぜひ専門家にご相談ください。